<詩作品>
鉱脈
待つてゐる それは
周到に擬装を凝らした岩塊から
仮借のない鶴嘴に
掘り起こされる
その時を
銀色に流れるあの峡谷の
絶壁を打ち割つて聳える老松の
水底か根底か
あるいは他の何処かの底に
それは身を固くして
潜んでゐる
いまあなたも
断崖に臨むやうに
無防備になつた魂で
自然の底の底を覗くなら
見える
あの鉱脈の中に憑依して
危険なほど緊密な
結晶になつた
私が
海の瞑想
私が目を瞑ると
世界の海の匂ひがする
群れ飛ぶ鳥の声がする
異国の波が打ち寄せる
波は砂と月を率ゐて
無言のまま浜辺に到る
さうして世界を運んでくる
けれど誰も知らない
そのすべてに私の涙があることを
眠る海草
遠い消息をこめた貝殻
半ばすり切れた褐色の索具
手とともにきた索具
私には海辺の納屋が見える
心貧しいあの人々は誰だつたらう
波はすべてを運んでゆく
溶け込んだ一滴の私も
知られないまま 海を流れてゆく
イワノフカ
一九一九年三月二十二日
狂気の御旗をおしたてて
東方からやつて来た銃剣どもが
吶喊の声をあげた
森はいつせいにふり向いた
イワノフカ その美しい豊かな大地に
鉄の軍靴の軋みが轟いた
夢みる聖像は切り裂かれ
菜の花畑に翅は飛び散り
穴だらけの男たちの体を
冷たい風が吹き抜けた
突如現れた小屋地獄 そのなかで
七十二本の腕と
七十二個の耳が
生きながらに火葬された
いかなる勝利も
敗北もなかつた
帝国も パルチザンも幻だつた
ただ 白昼堂々の不条理と
煤けた尺骨だけがあつた
時をへだてて
明るい丘の上に
銀の十字架が立ち並んでゐる
こんなにも目を痛ませる湿原の輝き
けれども その光の届く
至るところに歌がある
アムール川を漂ふ
あたたかな羽毛に
受難の深さを知るひまはりに
あるいは涯しなく星が瞬く青空の下
娘と息子が鋤き返す
骨混ぢりの土くれに
歌ひそびれた歌が
*ロシア連邦極東アムール州ブラゴベシチェンスク郊外の村。
シベリア出兵中の旧日本軍による住民虐殺事件が起きた。